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06.29
Thu
パソコン教室の日

思っていた通り「絶対参照」でひっかかる 今一つ分からない。

各単元の確認シート(テスト)で分からなくなる 久々にインストラクターに質問。

動かせない基準の設定の仕方は分かったけど・・・。  

まあいい   回数を重ねて 馬鹿頭にすりこむしかないない・・・か

それでも ワードの後半のときほど のたうち回る感じはないかな・・。





<個人的に航空映画ベスト3の第3位>

ダーク・ブルー [DVD]」 あるいは「ダークブルーワールド」


第二次大戦中にチェコのパイロットが ドイツ軍による自国の占領後、

イギリスに亡命義勇軍として いわゆる 「イギリス闘い」 に参戦 その活躍を描いた映画。

*   *   *

 2人のパイロットが1人の女性を巡って・・・まで読んで 

まだこんなくだらないものを作っているのか

と無視していたら、

その2日後くらいに別の記事で ジブリの宮崎監督が推奨して

「やっとこういう映画ができるようになったんだね」

 という文章を読んで

 首をかしげながらツタヤで借りて観たところが・・・・

これほどのけぞった映画は観たことない。

無論、いい意味で。

初回の空中戦から 2回目のHe-111の撃墜シーンの衝撃たるや・・・。

何度巻き戻しをくり返したことか 頭真っ白状態!

てっきり本物を落としたと思ったくらい。

その直前のドーバーの白い崖のわきを飛行するスピットファイアの美しさ。

その後わざわざメイキング付きの高いバージョンを買ってよくよく見たら 

特撮場面の元ネタは予想通りであったが

それにしても センスの良さ 小技の効かせ方・・・ チェコの人を心から尊敬しました。

個人的には このセンスで空戦映画を作れる国 、

人はないと思っています。

チェコ人恐るべし!



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06.28
Wed



ヒコーキの心〈続〉 (1975年)」 (佐貫亦男著 講談社)

――はしがきより抜粋――

ここに盛ってある内容は、ヒコーキと人間のかかわりあいである。ヒコーキが人間に感動を与えるわけは、
生存権の外へ進出し、したがってなにかあれば死がすぐ近くにいる緊迫感のためである。
それにしても、空のなんと美しいことであろう。青空で雲と遊ぶ晴天巡航、雨が翼でしぶきと散る荒天突破、
闇に地上灯火がうるむ夜間飛行、いずれの時でも、無事着陸すればほっとする。
それでいて、またヒコーキに乗りたくなる。
戦争は空の危難と、人間が自分で作った苦難との二重苦である。それを受けて戦った空の戦士たちの
像を描いても、決して戦争賛美にはつながらぬ。
彼らはいうにちがいない、自分たちでたくさんだ。もう二度と繰り返すなと。しかし
忘れてくれとはいわないであろう。
心ひかれるものの一つに、ヒコーキのフォルム(形態))の魅力がある。
カモメの身体のしなやかさは、何千万年の絶えず気流に吹きさらされたためである。
これに対して、飛行経験がたった70年あまりのヒコーキは、カモメの教訓を何百分の一ほどの
短時間で習得しようとして、ジョナサンカモメの特訓を今でも続けているのである。
設計者の努力が白く輝けば、フォルムの美となる。

*  *  *

‟私が飛行機と佐貫又男の文章を愛する理由は まさにここに集約されています。
ブログには適さない 少し長い文章ですが、どうしてもどこかで書きたかった„

   



P5100576.jpg


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06.26
Mon
きょうのパソコン教室

エクセル2013基礎講座にやっと入れました

四則演算 SUM関数の復習 AVERAGE関数及びオートフィルの復習

相対参照と 絶対参照まで 今日はなんとかクリア

しかし今に至るまで 先月買ったプラモデル制作に至れません
P5210804 (2)

体力的に無理がありそう これが歳ということか

追記

此のプラモデル てっきりハセガワ製だと思っていたら タミヤ製でした

全部忘れている ぼけている 失礼しました

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06.22
Thu
今日で エクセル入門講座終了

総合問題3ページ目 普通に終了したんですが

一部不備があったところ インストラクターも ‟ちょっとこれは・・・”

いろいろやってもよくわからないようで でも基本的にはできているとのことで終了

次の エクセル基礎講座のテキストをもらえました。

頭上の敵機

私としては長い間 航空映画No1でありましたが 「超音ジェット機」を数十年ぶりに観てからは

第2位になった映画です。 「超音ジェット機」をテレビで観たのとほぼ同じころ

当時の 世田谷区の自宅から 下北沢からタマ電 そして 京王線経由で で吉祥寺の 武蔵野館まで

うすら馬鹿の小学生としては 大冒険で見に行きました。

航空映画というよりは ヒューマンドキュメンタリーというべき映画ですが

2度~3度と涙を流すほど リアルで厳しい作品でした。

2本立てで もう一本は ロバート・ミッチャム主演の「眼下の敵」でした。

グレゴリー・ペックに 男ながら惚れてしまって ちょっぴり複雑な気分になった

ことを覚えています。・・・(私は ノーマルです)

今日は 終わり。



   



*当ブログに掲載している本やDVDはこちらのライブラリーにおさめています。



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06.19
Mon
今日も 4時からパソコン教室

エクセル入門の最終 ‟総合問題” の3ページある中3ページ目

いわゆる表計算の問題ということで 表を作って数字を入力・・・

これが老眼と注意力不足(脳細胞の能力低下)のため

列も行も いつのまにかずれている やり直・・やり直しで

入門から基礎へは たぶん次回でしょう。

いままで テキストを見ながら復習をしていました

今日は これで終わり。




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06.18
Sun
佐貫亦男さん







佐貫亦男氏の著書について

最初に知ったのは おそらく高校生くらいからか?

「航空ファン」か「航空情報」誌上に掲載されたエッセーでしょうか。

何も足さない 何も引かないシンプルな文章ながら要諦はしっかり押さえる。

あっさりしているのだけれど しかし読んだ後に 独特な哀愁 ある種の諦観を感じる。

途中から おおば比呂司氏のイラストになってから 氏のデッサン力がありながら

力の抜けた ほのぼのとしたタッチと相まって 本のたたずまいが完成(私的に)される。

どの項を読んでも、何度読んでも飽きることがない。(トイレに置いてあります)

読んでいるうちに、いわゆる航空エンジニアとして第二次大戦中にドイツにいたこと。

戦争の激化とともに帰れなくなったらしいこと・・・。がわかってきて

その間のさまざまなエピソードは絶対面白いに違いない。ということで6月8日の

「追憶のドイツ・ナチス・ベルリン・空襲」の購入に至りました。






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06.15
Thu
今日のパソコン教室


パソコン教室 エクセル2013

ワンポイントレッスンはなんとか終了

しかーし その次には 総合問題がシート3枚

1頁目の半分までで終了 やれやれ・・

今まで 復習・・(途中で1杯と風呂)
P5210800 (2)1
                                ル・グラン・デューク より





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06.12
Mon
エクセル2013入門講座 最終回。

今日で最終単元のワンポイントレッスン終了。

次回は総合問題が3枚ほどだったか? 少し怖い・・。

そもそも なぜパソコン教室かについて 将来のぼけかかった自分に一言

同じ町内で 自営業と趣味活動を30年もやっていると まず電車もバスも乗る機会がない。

両方ともに 年に1~2回 (本当)

結果 時間と共に乗り方が分からなくなる (これも本当)

券売機での切符の買い方がよく分からない。救いの女神の スイカが出現 しかーし!

スイカのチャージの仕方が分からない。時間をかければ・・・状態

こんなこと 絶対に家内に言えない。

夜遅く駅に行って練習しようかと本気で考えたがそれもむなしい。

ということで ‟キーボード操作“ ‟タッチパネル”とやらに習熟できるのは・・・・

ということから始めた次第。

これを笑う方は多いと思うが、基本的に私は人付き合いが極めて希薄 よってポケベルも

携帯も持たない この年の人間としてこれが普通だと思うんだが・・・・

その結果がこのブログとやらにつながったわけだ。 今日は以上。

 


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06.08
Thu
さあ さあ やってきました SUM関数 AVERAGE関数 書式なしコピー

なんとか ついていけてます・・・?



2~30年前にこの本の存在は知っていましたが・・・

パソコン教室に通ったおかげで入手できました  以下 表紙と帯の記述を。

      ‟佐貫亦夫 追憶のドイツ ナチス・空襲・日本人技師”

  ベルリンなぞ勝手に燃えやがれ!

首都に降る爆弾。技術購入交渉の難航。工場内部をかくす航空兵器会社。スイス税関の非情な検査。

日本人同士のあつれき。帰国への不安――プロペラ設計技師・佐貫亦夫のすごした苛烈なドイツ!!
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06.08
Thu
今日は梅雨入り

続々・ヒコーキの心   (佐貫亦男 著) 光人社NF文庫 より

第二次大戦終戦後の荒れた国電の混む座席に、ひっそりと座っている人物がいた。その顔を見ると、中島彩雲の設計者福田安雄さんであった。
どこか身体のぐあいが悪いらしく、表情も暗く、明らかに病人に近かった、それでも新宿辺りにあった中島の後継会社の事務所に通っていたのは生活のためであった。その後も国電で顔を合わせることがあったが、病状はしだいに悪化してゆくらしく、やがて見かけることがなくなった。ガンととうことで、三菱中攻の本庄季郎さんが肖像写真を撮って送ったら、これは自分の告別式用にとっておこうといって、死期の近いことを覚悟していたそうである。やがてその日が到着して、一人の名設計者は消えた・・・・・・
P5230815.jpg
     (おおば比呂司 画)
・・・・このような壮烈な技術革新を行った福田さんは、精も根も尽きはてて、戦後の暗い環境の中であの世へ飛び去った。そのとき乗っていた雲には空をあやなす彩色があったろう。」そもそも彩雲という呼び名には、なにか現世をあきらめ切った思いがすでにこめられていた気がしてならない。

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